2007年3月23日 (金)

『潤色の舌戯』 -OL編- その9

 近ごろの方がよくかかる症状のひとつといたしまして、肩凝りというものがございますが、多くの方は肩凝りの要因が肩の筋肉にあると思っているようでございますが、それはまったくの誤りでございます………
 あら……、違うの………? 
 たしかに、肩凝りにかかりますと肩から首へかけての筋肉が萎縮し、鉄板にでも化したかのようになるのは周知の事実でございますが、では、なぜその部分の筋肉だけが萎縮するかというと、それは運動不足等の要因により、その部分への必要十分な血流が行われなかったせいなのでございます………
 そういわれてみれば………デスクワークなんか……している人がよく………
 筋肉も生き物でございますから、余計に使えば発達し大きくなり、使わなければ痩せ衰え、時には堅くなってゆくものなのでございます。ですから、必要充分な血液をきちんと毛細血管にまで行き渡らせてやらなくては、本来のしなやかさ、柔軟さは失われてしますのでございます。それにですね、この首筋のあたりはその上の脳とも深く関わっておりますので、常日頃から充分に気をつかっておかないといけないのでございます………
 脳と………ふかく………かかわって………
 さようでございます。脳は人間のありとあらゆる動き、それこそ肺の動き、心臓の動きといったですね、ご自身ですらなんともしがたいそれらの臓器の動きをも司る働きを担っておりますが、このように、その通り道となります首はじつに細く、華奢でございます。ですから、このように首筋のあたりをしっかりと揉みほぐし、充分に血液を巡らせるようにしてやらなければならないのでございます。さあ、十秒ほどこの格好のままでいます。ひと〜つ……、ふた〜つ……
 あの………、按摩さん………、ちょっと………、その………
 はい。では、つぎにつま先のほうから血液を押し上げますので、お顔をタオルにお埋めになったままでいらしてください………
 あの………、ちょっと………、なんだか……
 足の裏には数多のツボがところせましと存在し、お歩きになるだけでもそれなりの効果は得られるものでございますが、ただですね、それだけでは全てのツボを刺激しきれるものではございませんし、また、たとえ数多くのツボが刺激されたといたしましても、きちんと血流が促されるものでもございません………
 あの………、なんだか………、様子が………
 たとえばこちら、土踏のちょうど中央に位置しますこの部分はポンプの機能を隠し持っているツボでございまして、この部分を親指でこのように刺激していただきますと、血流が促されるのでございます………
 ああっ……、ツボはどうでもいいの……、なんか………、からだが……、その……
 どうやら効果が顕われてきようでございますね。それでは、気を逸してしまわないうちにお身体のもう少し上のほうを刺激いたしておきますので、いま少しだけ浴衣の裾を捲らせていただきます………
 裾って……ちょっ……、ちょっと……あっ、ああ……
 按摩の基本をお忘れでございますか。身体の末梢から始め、徐々に心の臓に遡ってゆくのが基本でございます。ですから、足裏に隠れたツボを刺激し血流を促しましたら、その通り道となります途中の血管を滞りなく遡りますよう、このように………
 ああっ……、ああ……
 下から上へと、両の手でふくらはぎを撫でさすってゆくのでございますが、ここでひとつ、無闇矢鱈に撫でさすったのでは効果は半分もございません。ですから、わたくしめが撫でさするのに合わせ呼吸なさるにお願いいたします………
 そんな……、きゅうに……そんなこと……いわれても……
 ご面倒とは思われますが、お身体のためでございますので、タオルの中に顔をお埋めになったまま、呼吸を合わせるようになさってくださいませ。では………
 あっ……、ああ……、そんな……
 はい、下から上へ……、下から上へ……
 ちょっと待って……、そんな……、ああ……
 いま一度、タオルの中で大きく吸って……
 ああ………、そんな……、ああぁぁ………
 いかがでございます?
 なんだか………からだから……力が………ぬけてしまって………、自分のからだじゃ……ないみたい………

          (つづく)

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2007年3月19日 (月)

『潤色の舌戯』 -OL編- その8

 では、お身体の向きを変え、こんどは俯せにおなりください。
 俯せですね。俯せ、俯せと……
 お客様、その際に枕の上にこれをお敷きくださいませ。
 タオル? あら、このタオル、なんだかいい匂いがする。
 薬草の成分を染み込ませているからでございます。
 薬草? それってアロマテラピーみたいなものかしら?
 そんなハイカラなものと同じかどうかはよく存じ上げませんが、お休みのさいにそれを枕の上にお敷きになりますと、草花の香りがほのかに漂い、幾らかでございますが、いつもより快適な睡眠がとれるのでございます。
 へえ、なんだか面白そうね。やってみよう………
 いかがでございます?
 本当だわ。少しだけどいい香がしてきて、なんだか本当によく眠れそう。
 快眠は健康の源でございます。ですから、当地ではそのタオルを一日敷いて眠りに就いた者は一日余計に長生き、二日続けて敷けば二日余計に長生き、三日続けて敷けば…
 死ぬまで長生きっていうんでしょう?
 これはこれは、どうしてそれを……
 この町だけのオリジナルみたいな顔していってもダメよ、按摩さん。だって、それと似たコピー、よその温泉地でも聞いたことがあるもの。
 さようでございましたか。これは一本とられたようでございますな、ははは……
 按摩さんたら、面白いの。
 では、冗談はこれくらいにしておきまして、お背中のほうからほぐしてまいりましょう。
 ところで按摩さん、さっきの話ですけど、血流ってどれぐらい大切なのかしら。
 そうですねぇ、近ごろは様々な健康法が出廻っているようでございまして、それはそれでなにがしかの効果があると思われるのですが、ただ、引っくり返して申し上げれば、それらの健康法は具合が悪くなったその部分のみに効果があるだけで、根源的な解決になっていないように思われます。そこへもってゆきますと、血液というものは、酸素をはじめとする様々な栄養素を全身に運ぶ大切な運河、命の水みたいなものでございますので、奇麗な血液を身体の隅々まで運ぶように気を配っていただれば、大抵の病気は予防、改善ができ、お客様のような冷え性なんかにも効果があるのでございます………
 あら、わたしが冷え性だってこと……、それも相になって出ているの?
 触れば誰でもわかることでございます………
 あはっ、それはそうね。でも、どうしてこんなふうに末端が極端に冷たくなったりするのかしら? 前はこんなふうになったりはしなかったんだけど……
 お年を召した方の場合でございますと、毛細血管が年齢とともに痩せ細り、端部までしかるべき血液が行き届かず、結果、手や足に必要以上の寒さをお感じになるということはございますが、ただ、お客様のようなお若い方の場合でございますと、毛細血管が痩せ細った結果というのはなかなか考えられません。だとすると、あと要因として考えられるますのは、血の流れそのものということになります………
 やっぱり血流が良くないっていう……、そこに戻ってくるのね。
 さあ、さあ、首筋のあたりをほぐしておきますので、息苦しくならない程度にお顔をタオルにお埋めください。
 こう……、こうかしら………
 そうです。そのまま、そのままになさっていてくださいませ………
 ええ………

          (つづく)

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2007年3月16日 (金)

『潤色の舌戯』 -OL編- その7

 まったく同じだとは申しません。ですが、掌全体から感得できます感触はひじょうによく似ておりますし、要所要所から受ける感触に限って申し上げれば、まるで坂本田様のお手から写し取ったかのようでございます………
 へえ、そうなんですかぁ。それじゃあ、わたしの手って……、本当に楽器を弾くのに向いてるのね。
 坂本田様のお話はともかく、これだけ良い案配の手をお持ちの方はそうそういらっしゃるものではございません。今からでも遅くはありませんので、何かひとつお始めになってはいかがでございましょう………
 じつはわたし、大学時代にコーラス部に在籍していたんですよ。高校から一緒に入学した仲のいい友人が……どうしてもっていうから入部して、それはそれで楽しかったんですけど、でも、本当は演奏する側、ヴァイオリンとかビオラとかを弾く……そっち側に憧れていたのよねぇ。
 その時どうしてお手を挙げ楽器を弾く側におまわりにならなかったのです………?
 だって、上手な人が何人もいたのよ。幼稚園のころから先生について習っていたとか……、合格しなかったけど音大の三次試験まで進んだとかっていう、そういう一筋縄じゃいかないような人が何人も揃っていて……、とてもじゃないけど、満足に触れたこともないようなド素人のわたしなんかが手を挙げられる雰囲気じゃなかったのよ。
 さようでございましたか。
 でも、いまの話を聞いて少し気が変わったわ。忙しくてキチンと通えるかどうかわからないけど……、東京に帰ったらどこか教室を見つけて……通ってみるつもりよ。
 それは結構なことでございますが、その際、ひとつだけご忠告申し上げておきますと、くれぐれもご無理をなさらぬようになさってくださいませ………
 あら、どうして?
 お客様は他人より少し頑張り過ぎるきらいがおありのようでございますので………
 どうして? どうしてそんなことがわかるの?
 相になってちゃんと出ておりますので。
 そう?
 人相、手の相、足の相のことでございます。長年こうして按摩としてお客様がたのお身体に触れておりますと、性格、趣味、嗜好の類いでございましたら手から、お身体の具合のことでございましたらお腹のあたりから、大抵のことはわかってしまうものなのでございます………
 よろしければ、お身体の具合だけども拝察いたしておきますが。
 でも……
 ご心配なく。触れると申しましても、おヘソの少し下あたりに軽く手を乗せるだけございまして、決してそれ以上のことはいたしませんので。
 そう………。それじゃあ、ちょっとだけ診てもらおうかな。これも話のネタになりそうだから。
 では、少々失礼させていただきます…………
 ………どうですか? どっか具合の悪いところはありそうかしら? あっても困るんだけど。
 ご安心くださいませ。五臓と六腑、とくにこれといって悪いところはなさそうでございます。ですが……
 ですが?
 はあ、少々お身体に疲労が蓄積していらっしゃるようでございますね。血流がやや鈍くなっているようでございまして…
 け、けつりゅうって、血の流れが悪いってこと!? それっておおごとじゃない。血の流れっていえば…
 お客様、ご心配なさることはございません。血流が鈍いと申しましても、流れに若干勢いが欠けるという、じつに微々たる程度の症状でございまして、今すぐお身体がどうこうということは決してございませんので。
 ああ、よかった。血の流れが悪いなんていうから、一時はどうなることかと思っちゃったわ。
 それはそれは、失礼いたしました。ですがお客様、ご注意だけは怠りなくようお願いいたします。年寄りゆえ、誰が申したか憶えてはおりませんが、人の身体というものは一本の長い管のようなもの。使わなければ硬くなって具合が悪くなり、使い過ぎれば疲労してまた具合が悪くなる。なにごとも中庸、わかかりやすく申し上げれば、バランスが大事ということでございまして、まあ、東京にお暮らしのようでございますから、なにかとお疲れになるのも致し方ないことと思われますが、要所要所で休息をお取りになるように、それだけはお忘れなきようお願いいたします。
 それじゃあ、こうして会社を休んで、温泉宿で按摩なんか受けているは、ちょっと贅沢なような気もするけど身体にとってみれば必要なことだったというわけね?
 おっしゃる通りでございます。それでは、身体の芯に蓄積した疲労が解消されますよう、この後は少し血流を促す按摩を中心にお身体をほぐしておこうかと思いますが、それでよろしいでしょうか?
 ぜひ、お願いしますわ。

          (つづく)

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2007年3月14日 (水)

『潤色の舌戯』 -OL編- その6

 ええ。それでわたしはどうしたらいいのかしら。やっぱり俯せとかになったほうがいいのかしら?
 いえいえ、まずは仰向けにおなりくださいませ。
 仰向けのほうですね。仰向け、布団の上に仰向けと………
 では始めさせていただきます…………
 あら……、あ……、按摩って受るの初めてなんですけど……、手の平から始めるものなんですね………
 まあ、その方その方によって始めかたは色々でございましょうが、ごく一般的な方法といたしましては、やはり身体の末梢から始めるのが基本かと。
 身体の末梢から……
 手を例にとって申し上げますと、このように手の平から始め、一の腕、二の腕と、心の臓に向かってさかのぼってゆくのが最も効果が発揮され、おそらく西洋式の、マッサージのほうでも同様の手順でおこなわれているのではないかと思われます………
 そういわれれば……そうね。いきなりお腹とかから……マッサージしないですもんね。
 話は変わりますが、お客様は楽器など嗜まれるんでございましょうか。
 楽器……? どうしてです……?
 いえ、各指がどれも長く、じつにバランスの良い手をなさっておいでだと思いましたものですから。
 あら、そんなふうにいわれたの……わたし初めて。友人なんかからは指の節が太いから、男指、男指って……からかわれてるんですよ。
 女性であっても節が太いのは決して悪いことではございません。節がしっかりと発達していらっしゃるというのは、それだけ指先が器用だということの証でございまして、昔は、指の節がしっかりとした子を授かりますと、器用者、孝行者を授かったといって、それだけで神様、ご先祖様に感謝したものなのでございます………
 それじゃあ、わたしもその器用者……、孝行者のひとりに入るのかしら?
 ええ、ええ。間違いなくそのおひとりではございますが、お客様の手はそれだけではございません。こちらの掌の方も抜群の按配でございます………
 たなごころ……?
 今風に申し上げれば、手の平、ちょうど物を乗せたりするこのあたりのことでございますが、お客様の掌は厚からず、薄からず、じつに程良い肉厚をなさっておいででございまして……そうそう、お客様は坂本田という男性のピアノ弾きの方をご存知でございましょうか………
 さあ、聞いたことない……名前ねぇ。
 さようでございますか。お付きの方が申されるには、二十数年前に欧州におひとりで渡りました後、数々のコンクールで入賞なさり、欧州ではそれなりに名の通ったピアノ弾きのおひとりになられ、いまでは一年の大半を演奏旅行に費やされるという、極めて多忙なお方なのでございますが、やはり生まれ育った故郷というものは幾つになっても恋しいようでございまして、年にいっぺんは忙しい合間をぬってご帰国なされ、四季折々の日本を訪ね歩いているとのことなのでございますが、一昨年、その方がこちらの温泉町をお訪ねになり、僭越にもわたくしめが按摩をして差し上げたのでございます………
 ひょっとして、わたしのその……
 掌。
 そう、そのたなごころの感触がその人……、その坂本田さんとかいうピアニストさんの感触に……似てるっていうの?

          (つづく)

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2007年3月12日 (月)

『潤色の舌戯』 -OL編- その5

 災い? どんな種類のもの?
 天災、永日照りでございます。
 ああ……
 はじめはやれ元日の朝日の輝きがいくらか足りなかっただの、やれ、田植えの時期に西方の山の頂を隠す雲が幾日もそこに居座り続けただのと、思いつく限りのことをあれこれと述べ合い、互いに納得しあっていたようでございますが、来る年も来る年も農作物が全滅となるような日照りが続きますと、そのような子ども騙しのいい訳など誰も信じなくなります。そして、不安にかられた村人らは永日照りの元凶として、より無責任極まりない噂を流布するようになり、なかには平家の堕武者らの祟りだと口にする者まで現れたのでございます。
 でも、それとこれとは別問題でしょう。いくら昔の人でもそれぐらいの区別はつくと思うけど。
 おっしゃる通りでございます。いっぺんは口に出してみたものの、あまりにも関わりが稀薄なため、村人らもはじめは一笑に付し、それで終わりにしていたようでございますが、時が経ち、また新たな災いに見舞われるようになりますと、こんどは誰ひとり笑う者はいなくなったのでございます。
 こんどって、まだなにかあったの? 大地震とか?
 疫病でございます。
 えき病……
 それはそれは奇妙な病だったようでございまして、古文書の文を引用させていただきますと、病、地の底から音無く、姿無く我の前に現われ、老、若、男、女の体に分け隔てなく忍び入り、発熱、吐瀉、腹痛の苦しみ無き代わりに、その者の皮膚という皮膚、老婆のごときに弛ませ、七日七晩の後、その者の鼻や耳、朽ち果てた実のように削げ落ち、一ト月の後、切り株の年輪を想起させる、ふた目と見られないような面相と相成り、ひび割れ、ささくれ立った声を万遍回発した後、飛び出しかけた球眼を天空の一点に注いだまま、奇怪なその抜け殻から魂を天昇さす、そういう奇病だったのでございます。
 ひどい。ひどすぎるわ……
 さようでございます。村人らどころか、その者を産み落とした母親までもが忌み嫌い、病床の肉親に逢うことを拒んだという、そういう呪われた病だったのでございます。ですから、元凶が堕武者らの祟りだと噂しましても、笑う者は誰ひとりおりません、いえ、それどころか、鬼籍に入る直前のご面相が、毒饅頭を食し、苦しみに喘ぎながら絶命していった堕武者らのそれと瓜二つだったものですから、これはもう堕武者らの祟りに相違ないということで意見が一致し、一刻も早く荒れ野に晒しにしたままの亡骸を手厚く葬るべきだということであいまとまったのでございますが、ここでまたひとつ、厄介な問題に遭遇いたしまして……
 こんどはなに? また変な病気でも流行ったの?
 いえいえ、そうではないんですが、そのとき既に、堕武者らが亡くなってから幾年も経ってしまっており、永きにわたり荒れ野の端で風雨に晒されたままになっておりました堕武者らの骨は跡形もなく、当然のように土に還ってしまった後だったのでございます。
 まあ……
 村人らはなす術もなく、ただただ悲嘆にくれ、地べたに伏して泣きくれておりました。するとそこへ、いずこからともなく一人の年若い、まだあどけなささえ残るような年若い坊主が現れ、泣きじゃくる村人らから堕武者らが逃げ込んで来てからのいっさいの経緯を聞き知ると、その年若い坊主は、作物が採れなくなって久しい荒れ野の片隅を、村人に借りた鍬で掘りおこしはじめました。ぶつぶつ、ぶつぶつと、経のようなものを口の中で唱えながら、その年若い坊主は半日ほどかけ畳一畳ほどの大きな穴を拵え、そこに堕武者らが残していっていた兜や槍などをすべて丁重に納め、掘りおこした土をその上に被せると、こんどは七日七晩、その穴の前で寝ずに経を上げつづけたのでございます。するとどうでしょう、あれほどまでに村人らを困らせていた疫病はぴたりと止み、病に冒されていたすべての者が快方に向かいはじめたのでございます。
 それから? それからどうなったの?
 その年若い坊主は、七日七晩の経を上げ続けたあくる日には、また何処へと去って行ってしまいましたので、残された村人らは、兜などを納めたその日を堕武者らの月命日と定め、その日が巡って来ますと、若い坊主がそうしたように墓の前にどっかと座り込み、日がな一日、馴れぬ経を長々と上げつづけ、ついには幾年にもわたってすべての村人らを困らせ続けていた天災をも治めてしまったのでございます。
 スゴい、スゴいわ。すごい話だけど、でも、土の中に埋まっているはずの物がどうしてここの床の間に飾ってあるのかしら?
 人間というのは実に簡単な生き物であり、また同時に、どうしようもないぐらい欲の深い生き物でございます。あれ程までに忌み嫌っていた堕武者は災いの元凶ではなくなり、むしろ、堕武者らが遺していった刀や甲冑にはご利益があるとさえ信じられるようになり、はじめは泰平、安泰を望む思いで、これひとつきりという思いながら堀り出したのでございましょうが、それがいつしか健康、安全がそこに加わり、やがては商売繁盛までが付加されるますようになるとはじめの歯止めなどどこ吹く風、ありとあらゆるご利益を持った家宝として家中に祀られるようになっていったという、まことしやかな話は日本全国どこにでもあるものでございまして……
 まことしやかって……あっ、なんだ、ぜんぶ作り話だったのね。いやだ、真剣に聞いちゃったぁ。
 秋の夜長の暇つぶしには丁度よい与太話だったかと。
 ん、もう、按摩さんたらぁ。それじゃあ、そこに飾ってある刀は?
 こちらにも一振りだけ、平家の堕武者とはなんの関わりもない名刀があることにはあるんでございますが、大事なお客様がお泊まりになられるお部屋だということを慮れば、こちらに飾ってあります刀のほうは竹光かと。
 なんだ、ニセモノだったのね。期待して損しちゃったわ。
 それでは、そろそろ始めることといたしましょうか。

          (つづく)

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2007年3月10日 (土)

『潤色の舌戯』 -OL編- その4

 部屋の中から鶯の鳴き声が? なんだかよくわからないけど、でも、明日の朝が楽しみになってきた………あ、そうそう。
 いかがいたされましたでしょうか?
 あの、さっきここのご主人さんに訊きそびれてしまったんですけど、そこの床の間に飾ってある日本刀、これはなにかしら? このお部屋に飾るには少しだけくたびれているというか、汚れているというかその……
 そちらは平家の侍が携えていた脇差しでございます。
 平家って、あの、源氏と平家のあの平家のこと?
 さようでございますが、あの、お客様は当地のことはまだどなたからも?
 ええ、なにも。なにかあるんですか?
 昔々、源平の戦がいくどとなく繰り返された後、壇ノ浦の海戦で一門を滅ぼされた平家の侍が、再興を願いつつ全国に散っていったのはよくご存知かと思います。
 ええ、学校で何度も習いましたけど……えっ!? ひょっとして、この町にも平家の堕武者がっ!?
 町外れに平永寺という小さな寺があるのでございますが、そちらにもまだ……
 ええ、まだ行ってません。
 さようでございましたか。まあ、ちっぽけな、それこそ吹けば飛ぶような小さな寺でございますから、旅のお方が足を向けられないのも無理からぬことと思われますが、その平永寺の、ちょうど鳥居をくぐったすぐ右脇に平家の堕武者の墓があるのでございますが、その墓が建立されましたのが1199年、壇ノ浦の海戦に破れてからわずか十四年目のことでございまして、いくら昔の人の寿命がいまより短かかったとはいえ、逃げ延びた堕武者全員が十四年きりで命を落としてしまったとはなかなか考えにくく、それ故、堕武者らがいかにしてこの地で亡くなったのか、また、十余名からの堕武者が逃げ込んできたと伝えられているにも関わらず、なぜその堕武者の魂を弔うための墓がひとつきりしか建立されていないのか、それにつきましては諸説紛々ございまして……
 例えばどんな?
 そうですねぇ、無事堕ちのびたものの、そのあくる年、源氏の追手狩りにあってことごとくその露命を落としてしまったとか、あるいは、この地に逃げ込んできた時にはほとんどの者がそこかしこに深い傷を負っており、逃げ込んで来たとほぼ同時に亡くなってしまったとか、あるいは、あるいはですよ、これはあまり大きな声では申し上げられないことなのでございますが、迎え入れた村人らの手にかかり、次々と命を落としていったという、実に血生臭い噂もあるにはあるんでございますが……
 どうして? どうして、村人の手にかかって命を落としてしまうの? 村人は源氏や平家とはなんの関係もない人々だってんでしょう? それなのにどうして……
 命からがらこの地に逃げ込んで来たのでございましょうが、すんなりと村に溶け込んでいけたわけではございますまい。いくら農民に身を堕としたと申しましても、元は天下を二分する平家のお侍様。再興の願いこそ、やがては叶わぬ望みと解するようになったのでございましょうが、幼少のころより培われた侍としての矜持は、そうそう容易に捨てきれるものではございません。それ故、本来なら苦楽をともにすべき村人らとさまざまな場面で軋轢を引き起こし、幾多の場面で村人らを苦しめてきようでございまして……
 侍としてのプライドが捨てきれなかったというのは理解できなくもないけど、でも、追手狩りから守ってくれたりしたのは当時の村人たちだったんでしょう? 危ないところを救ってくれたその村人たちを苦しめるなんて、なんだか信じられないわ……
 同感でございます。ですが、いまわたくしめが申し上げましたことは、そこかしこの寺の蔵に遺っております古文書に、多少の差異はありますものの、堕武者らが村人らを苦しめていたことは異口同音のように書き遺されておりますゆえ、辛酸を舐めさせられつづけた村人らの手にかかったとしても、無理からぬことかと……
 う〜ん、古文書にそう記されているのなら、本当のことなのかもしれないわね。それで、村人たちの手にかかった堕武者たちはどうなったの? さっきお墓がどうとかいってようですたけど。
 はあ、そのような経緯があったがゆえ、はじめは堕武者らの亡骸は荒れ野に晒されたまま、それに対し異を唱える者は誰一人おらず、むしろ当然の酬いとして村人らは受け止めていたようでございますが、それで一件落着とはならなかったのでございます。
 なに? なにかあったの?
 はい。堕武者らが亡くなった後、村に災いが続いたのでございます。

          (つづく)

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2007年3月 8日 (木)

『潤色の舌戯』 -OL編- その3

 お晩でございます。按摩でございます。
 どうぞ。お入りください。
 では、失礼させていただいただくとして………あ、もうお蒲団をお敷きになっていらっしゃって、これはこれは、準備がよろしいことで……
 あの、こちらに。こちらに座布団がありますので、こちらにお座りください。
 これはこれは、ご親切にどうもありがとうございます。
 あの、失礼ですがお眼が……
 ええ、ええ、なんの因果か十になるころに両の眼が不自由になってしまいまして、以来、この通りのざまなんでございます。
 そうだったんですか。それはお気の毒さまに。
 やはりお気に召しませんかな?
 そんな、お身体が悪いことなんてぜんぜん気になりませんわ。
 いやいや、そうではなく、七十の坂をひとつふたつ越した年寄りで、しかもこの通りのツルツル頭でございますから……
 そんな、とても七十を越しているなんて見えませんわ。肌なんかツヤツヤしていて、わたしの父より若く見えるぐらいですわ。
 お若いのになかなかお口のほうがお上手でいらっしゃる。
 いいえ、お世辞なんかじゃなく、本当に若いと思っているんですよ。シワだってほとんどなく、健康の秘訣を教わりたいぐらいですわ。
 秘訣でございますか。そうですねぇ……、特にこれといった健康法はいたしておりませんが、なんでございましょう、朝に晩にと温泉に浸かり、勝手気ままに暮らさせていただいておりますのと、こうやって見ず知らずのお客様がたと、肌と肌との触れ合いをさせていただいておりますことが、知らず知らずのうちに健康によい影響を与えているのかもしれません。
 朝晩に温泉? ずいぶん贅沢なんですね。
 失礼ですが、お客様は東京のお方でございましょうか?
 そうですけど、どうしてわかるんです?
 話される言葉に訛りがなく、かつまた、じつに歯切れよく言葉をお吐き出しになり、それに、こうして間近に座しておりますと、僅かでございますが鼻先にえもいわれぬ柔らかげな香りがプンと………あ、いやいやっ、いまのは助平心から申し上げたのではございません。盲人ゆえ、いくぶん他所様の方々より他の器官が鋭敏につき、それ故、つい不届きなことを申し上げてしまいました。もしご気分を害されたのでございましたら、深くお詫び申し上げます。この通りでございます。平にご容赦を……
 あのっ、手をお上げください。わたしなんとも思っていません。まったく気にしていませんから。さあ……
 許していただけるのでしょうか。
 許すもなにも、本当に気にしていません。それより、たまにテレビなんかで見たりするんですけど、そういう、どこかの器官が機能しなくなったりすると、そのかわりにほかの器官が敏感になったり、余計に発達するっていうの、本当のことだったんですね。だとすると按摩さんの場合、指先の感覚なんかもそうとう発達しているんでしょうね。
 それはもう、眼で働くはずの神経がすべてそちらへ向い、元々あるそちらの神経と一緒になって働くわけですし、それになんでございましょう、自慢ではございませんが、この道に入りましてかれこれ五十余年も経ちますので、まあ、わたくしめにとっては眼の代り……いえ、それ以上の器官と申し上げても過言ではないかと。
 スゴーい。こんなにいいお部屋に泊まれて、その上、その道五十年以上のベテランさんから按摩を受けられるなんて、きょうは本当にツイているわ。
 お部屋といえば、お客様はもう外の景色はご覧になりましたでしょうか?
 いいえ。じつはバスを待っているあいだに時間が過ぎてしまって、この宿には日が暮れてから着いたんですよ。ですから、まだ見てないんです。
 さようでございましたか。では明日、よろしければそちらの窓からご覧くださいませ。まあ、紅葉を愛でるにはいくらか遅いようではございますが、それでもなかなか見事な景色が眼下に展がっているようでございますし、上手くすれば、鶯の鳴き声なんかもお耳になれることもございますので。
 鶯の鳴き声? この部屋にいながらですか?
 ええ、ええ。すぐそばに竹藪があり、雨上がりの早朝なんかにはもう、あっちが鳴けばこっちが鳴くといった、まさにひっきりなしの状態でございまして、時には、その声に呼応するかのようにお部屋の中からも艶やかな鶯鳴が発せられることもあるかと。

          (つづく)

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2007年3月 6日 (火)

『潤色の舌戯』 -OL編- その2

 いやぁ、さすが東京のお方だ。弱いといいながらも素晴らしい呑みっぷりですね。
 そんな……
 ところで、当地へはお仕事かなにかで?
 いいえ、ただの旅行なんです。たまたま何日か休みがとれたので、それでたまには旅行でもと思って出かけてみたんですけど、でも、女がひとりでこんな、山奥のそまた奥にあるような温泉宿に泊っているなんて、やっぱり変に見えたりするのかしら?
 いえいえ、そんなことはございません。近ごろは家族やグループでワイワイ、ガヤガヤといった旅行より、少人数、ときにはお一人でゆったりとご旅行なさる方のほうが多く、当館をご贔屓にされているお客さまの中にも、そういう女性の方が多数いらっしゃいます。はい。
 女性がひとりで? 男の人じゃなくて?
 話をお聞きになっただけだと少し信じがたいところがあるかもしれませんが、下は二十歳前後の、高校を出たか出ないかといったようなとても若いお客さまから、上は六十代半ばの……、そうですねぇ、拝見しましたかんじから申し上げれば、それなりの地位や名誉をお築きになった方の奥様といったような方がフラリとやって来てはひとりでお宿りになり、皆さまそれぞれご宿泊を愉しんでいかれまして、なかには喜悦の声を上げられる方も……
 きえつ? 温泉旅館に泊まっただけで、どうして喜悦の声を上げたりするの?
 あっ、いえっ、その………そうそう、日常から解き放たれた反動からか、すっかり童心に帰られてしまって、そちらの窓をあけて、ヤッホー、なんて声をお出しになるお客様なんかもいらっしゃったりして、その……
 ヤッホーって、その窓から? すっかり童心に戻っちゃう人がいるのね。なんだか面白いわ。
 それはそうとお客さま、明日のご予定はもうお決まりで?
 いいえ、まだなんです。ろくにガイドも見ずに東京を飛び出してきてしまったからなにひとつ決めてないんですけど、どっかいいところはあるかしら?
 そうですねぇ、山菜採りなんかでしたらいくらでもご案内できるんですが、お客さまのような若い方にはそういうのは退屈でしょうし……あ、そうそう、とくに決めていらっしゃらないというのでしたら温泉巡りなんかいかがです?
 温泉巡り? ここ、温泉巡りなんてできるんですか? 
 世間一般にはまったくといっていいほど知られておりませんが、ここはじつに珍しい湯治場でして、四方を山で囲まれているせいか、ひとつの温泉町にもかかわらず複数の泉質を抱えているんですよ。
 それじゃあ、その温泉その温泉によって効能が違うってことなのね。
 その通りでございます。よろしければ後ほどクーポン券をお持ちいたします。当館の割印のあるクーポン券をお見せいただければ、どこの宿の温泉でも半額で入浴出来るようになっておりますので。
 半額で? あら、素敵じゃない。それに決めたわ。どうせゆっくりするのが目的の旅行だったから。
 では、明日はゆっくり温泉巡りをしていただくとして、その前に今夜は按摩をお呼びになるというのはいかがです?
 アンマ? ここって按摩さんが呼べるんですか?
 ええ、年はちょっといっていまが、腕のたついい按摩がひとりおりますもので、もしよろしければいかがでございましょう?
 じつはわたし、按摩っていままでに一度も受けたことがないんですけど……
 それでしたらなんのご心配もいりません。そのへんのこともちゃんと心得た者でございまして、お客さまはただ横におなりになってさえいればいいだけですので、はい。
 あの、そういう意味でいったんじゃなくて、その……
 ああ、料金のことでございましたか。いやいや、それでしたら尚更ご心配には及びません。すべて無料になっておりますので。
 えっ、無料? タダで按摩が受けられるんですか!?
 はい。按摩のほうにはここらの旅館組合で月々決まった額のものを支払っておりまして、お客さまにはいっさいご迷惑がかからないようなシステムになっているんですよ。
 最近の温泉地って進んでるのねぇ。
 昼間たまたま按摩と顔を合わせましたら、今晩はひとつも予約が入っていないと申しておりましたので、この際、話のタネにひとつお試しになってみてはいかがです?
 そうね。いいチャンスかもしれないわね。それじゃあ、ちょっとお願いしてみようかしら。
 かしこまりました。それでは、お休みになる少し前を見計らってこちらに到着するよう、私のほうから連絡を入れておきます。

          (つづく)

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2007年3月 4日 (日)

『潤色の舌戯』 -OL編- その1

   『潤色の舌戯』 ― OL編 ―

                          作 : 真堂 晃

 ……ちょっとよろしいでしょうか。
 あっ、はい。どっ、どうぞ……
 あ、まだお食事中でしたか。これはよかった。
 あの、なにか……
 いやぁ、なんです、お食事の後にちょっとどうか思いましてね、一本つけてみたんですよ。
 まあ、そんなに気をつかっていただかなくても結構でしたのに。お料理だけでもこんなにたくさんあるんですから。
 料理のほうはいかがでしたでしょう。お口に合えばよろしかったんですが。
 お口に合えばだなんてとんでもない。どれも最高のお味でしたわ。とくにこの舟盛りのお料理なんて、東京では味わえないような新鮮さで、絶品のお味でしたわ。
 そうでしたか。そういっていただけると、遠くの河岸まで車を走らせた甲斐があったといものです。それはよろしゅうございました。
 あの、話は変わるんですけど、ご主人さんにひとつだけおうかがいしてもよろしいかしら?
 はあ、なんでしょう。
 わたし、こんなにいいお部屋に泊めていただいてよろしかったのかしら?
 と、いいますと?
 ここ、このオウメイの間っていうんですか、このお部屋、この旅館でいちばんいいお部屋なんじゃありません? わたしはただ普通にその……
 ああ、そのことでございましたか。たしかにこちらは当館で最上の部屋ですが、なにぶん、本日はほかにご宿泊のお客さまがおりませんので、それでお客さまにこちらの“鶯鳴ノ間”をご利用いただいているという次第なんです。はい。
 それじゃあ、特別に追加料金とかお支払いしなくても……
 もちろんです。まあ、これはお客さまには関係のない、あくまで宿側の事情なんですが、何年も前から温泉宿も競争の時代に入ってしまっており、生き残っていくためにはありとあらゆるサービスに勤めなくてはなりません。それで、もし良い部屋が空いているようでしたら、そのままの宿泊料で上のクラスの部屋にお泊りいただいているという訳なんです。はい。
 そういうことだったんですか。それを聞いてやっと安心できたわ。
 さあさあ、湿っぽい話はこれぐらいにして、一杯いかがです?
 わたし、あまり強くないんですけど……
 こいつは、この“姫の露”という酒はですね、当館だけが造っている、いわばオリジナルの吟醸で、市販されたいないすごく珍しい吟醸なんですよ。
 当館だけで造っている!? えっ、ご主人さん、旅館を経営なさりながらお酒も造っていらっしゃるんですか?
 まあ、経営といいましてもさほどお客さまは多くはありませんというか、正直に申し上げれば、まあ、やっていくのがやっとといった程度のお客さましかいらっしゃいません。ですから、、時間のほうはたっぷりと余っておりますし、それに、この私もけっして嫌いなほうではありませんので、それで、何年も前に米どころの杜氏を招き修行し、その後は独自に改良を加えといったかんじ造りつづけているんですよ。
 スゴいわ。ひとりで吟醸を造り上げてしまうなんてスゴいけど、でも、そんな貴重な吟醸をわたしみたいにフラっと立ち寄っただけのようなものが呑んでしまってもいいのかしら?
先ほど説明しましたように、温泉宿もあれこれサービスに苦心しなくてならいないご時勢ですので、それで、この鶯鳴ノ間にご宿泊なさったお客様だけに、当館秘蔵のこの姫の露をサービスしている次第ですので、あまり深くお考えにならず、つき合いだぐらいの軽いお気持ちで、一杯だけでもいかがです?
 そうですか。そういうことならちょっとだけ…………
 ………いかがでしょう?
 あら、なんか不思議。口当たりのいい呑みやすいお酒っていうのはよくあるけどこれは、なんていうのかしら、トロリとしたまろやかな口当たりで、まるで古酒のような……
 そうでしょう。女性の方のお身体にも合いますよう、改良に改良を重ねてありますからね。
 あ、あ、あ……
 どうされました?
 あ、やっぱり効いてきわ。呑んだとき咽喉のあたりに焼けるようなかんじはなかったんですけど、なんだろう、呑み下したあと少しすると、身体の芯のほうからポカポカ温かくなってくるようで……
 そうでしょう。温泉宿の主が造ったとはいえ、いちおうは吟醸ですからね。さ、さ、もう一杯。
 それじゃあ、あと一杯だけ…………

          (つづく)

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