2008年12月 4日 (木)

駒木なおみ

N_komaki_04  突然ですが、私は泳げます。誰に疑われたワケでもりませんが、でも、間違いなく泳げます。英語でいえば“I can swim”ということ。
 小学5年生のころにはすでに四種目(クロール、ブレスト、バック、バタフライ)泳げるようになっていましたし、スイミングスクールには通ってはいませんでしたが、テレビでオリンピックや国体などを見て“なるほど、こうやって泳ぐほうが速いのか~”と子どもながらに研究&反映し、その結果、小学6年生のときは、とても小さな大会でしたが自由形で1等になることが出来ました。ですから、フジヤマのトビウオとまでは言いませんが、まあまあ泳げるハズの自分なのですが、完璧に溺れたました。肺に残った最後の酸素をゴボゴボと吐き出しながら完璧に溺れ、次第次第に海の藻屑と化していき………え、なんの話しかって? そう、この欄で紹介するワケですから、決まってるじゃありませんか。あの海。あの海ですよ。“肉欲の海”にですよ(笑)。

N_komaki_02  きょう紹介するのは、90年代初頭に写真集を出版し、世間の注目を集めた“駒木なおみ”さんなんですが、いや~、どうして駒木さんに強く惹かれたのか、いまもってよく解りません。【ポルノ女優】【80年代AV女優】のカテゴリに属する記事を読んでもらえばなんとなく理解してもらえると思いますが、個人的な趣味でいえば美形でありながらそこそこ胸がある。そういう女性に強く惹かれたりするタイプ。で、風祭ゆきや小林ひとみといったとこから較べると、申し訳ないですが、駒木さんのルックスはやや劣っているように見えます。どこがどう悪いというワケではないのですが、しかし、逆にいえば他を圧倒するような光輝くような美しさを発揮していたというワケでもありません。加えてそのボディーは……
 80年代にっかつロマンポルノで活躍した風祭ゆきさんは別としても、出来れば胸はあったほうがいいよね~という嗜好の持ち主だったりするんですが、だからといってその他の部分が比例して太っていていいというワケではないという、女性には過酷な嗜好をも併せ持っていたりするワケなんですが、駒木さんはというと、う~ん………、くびれていない。文字通り胴がドーンとしていたりしますし、オマケでいわせてもらえば、巨きめの乳輪もかなり色づいていたりして……。なのに、そのタップリとした胴回りや褐色がかった乳輪でさせ魅力的に見えたりしてしまうというのは、これは一体どういうことなんでしょう??

N_komaki_06  順序が逆になってしまいましたが、駒木さんは、“駒木なおみ”と名乗る前に“橘ありん”という芸名で活動をしていました。しかし、さして芸能界に興味のない自分は、当然のように橘ありん時代のことを知りません。むしろ、写真集を出版することにより、駒木なおみというもの凄いボディーをもつタレントの存在を知ったクチだったりします。
 ではでは、どうして飛び抜けてルックスが良いわけでもなく、かつまた、欧米人に勝るとも劣らぬボディーとは言い切れないボディーであっても強く惹かれていってしまうのはナゼかと考えると、う~ん………わかりません。
わからない、わからないと言っていては始まらないのです、ネットでちょっとだけ駒木さんのことを調べてみたら、何のことはないWikiに答えが書かれているじゃありませんか。

 Wikiに紹介されている記事をごく簡単に要約してみると、“柔和な表情と、母性を象徴するような豊満な巨乳&体型、それを過激なコスチュームで包んだヌードを惜しげもなく表現していた……”となっています。
N_komaki_03  いや~、良かった良かった。最上級とはいい難いルックスの女性にグイーっと引きずり込まれ、いったいオレはどうしちゃんただ~と自問自答していたんですが、そのルックスは誰しもが柔和と評価するルックスに過ぎず、かつまた、こんなにくびれきっていないボディーにメロメロになったりして、オレはもう二度とこの肉欲の海から這い上げれないのか~と諦めかけていたんですが、それもまた、世の男性人すべて虜にする豊満なボディーに過ぎなったかわけですネ。ホッとしましたよ。なんたって、写真のイエローの水着を着たグラビアや、走りともよべるフィッシュネット姿のグラビアを目にし、こんなのアリ?と目を白黒させてつつ溺れ行く自分に混乱していたんですが、それもこれもみ~んな母性を起因としてものであるなら安心です。男と名のつくものは、母性にはどうやっても太刀打ち出来ませんからネ(笑)。

 それにしても、いま改めて観ても駒木さんのボディー、凄すぎます。もう、頭に“メチャ”がつく凄すぎボディーで、いや~、墨の、そのまた隅っこでいいですから、グアラビ撮影の現場に立ち会いたかったっス(笑)。

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by 真堂 晃(Akira SHINDO)

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2008年10月16日 (木)

青山知可子

C_aoyama_1 80年代末に出版された写真集で、日本の男子に多大な衝撃を与えたのは、貝殻水着という、ありそうでなかった手製水着を持ち出した武田久美子が思い出されるでしょう。
しかし、武田さんが日本の男子に衝撃を与え、週刊誌などにその写真集のことが取り上げられたのは、元アイドルタレントとしての下地があってのこと。
そう、歌や映画に出ていたあのアイドルが脱いだのか?それはちょっと見てみたいネという、そういうタレントとしての下地があっての衝撃だったと思われます。
しかし、80年代末という時代には、元アイドルという肩書きを武器にしていた武田さんに勝るとも劣らない、いえ、ひとによっては断然こっちの衝撃のほうが凄かったぞと思わせるような女優さんがひとりいました。
そう、青山知可子さんですネ。

C_aoyama_2_2 Wikiなどのプロフィールによると、青山さんはそれまでにも脱がない方のモデルとして、チョボチョボと活動してきたようです。
しかし、よほどのマニアか注意深い人でないとリアルタイムで青山知可子というモデルの凄さに気づいた人はほとんどいなかったでしょう。
また、素人っぽい大学生を表紙モデルにし続けていた週間朝日の表紙を青山さんが飾ったときは、かなり世間で評判になったと伝えられていますが、でも、恐らくそれは瞬間的いえ、週刊誌なので長くもって週間的な評判。
知ってる?今週号の週間朝日の表紙、けっこうイケてる女の子なんだぜという、その程度のモノだったと思われます(多分)。

その後青山さんは、篠山撮影の『熱帯性気候』という写真集を80年代末に世に送り出すことになるんですが……、そのインパクトたるやもの凄いものがありましたね~。
上記したように、それまでの青山さんの活動は、歌や映画など一切ないモデルのみの活動であり、その活動内容もマイナーといわざるをえないモノばかりでした。
ですから、『熱帯性気候』出版後、いくつもの映画からお呼びがかかることになるんですが、まあ、この『熱帯性気候』がメジャーデビュー作、いいかえれば、青山知可子というタレントさんの存在を日本国中が知ることになるステップボードだったと思います。

で、ここまで引っぱりに引っぱってきた肝心の写真集を観たときの印象ですが、まぁ~~、めちゃめちゃインパクトがありましたネ。
元アイドルという肩書きを持つ武田さんも、貝殻水着を着て撮影に及んだときはすっかり大人の女性でしたが、『熱帯性気候』の撮影に及んだときの青山さんもキチンとした大人の女性でした。
C_aoyama_4_2 しかも、まったくといっていいほど日焼け跡のない色白のボディーは、くびれるところがキチンとくびれ、出るところがビックリするほど突出しているという驚愕モノのボディー。
加えて、ルックスも見る者に清楚な印象を与えるようなお嬢さん風のルックスと、あまりアイドルに関心がなく、出来れば色白で、さらに言わせてもらえば出るとこは出てくびれるところはくびれている、いわゆるボン、キュッ、ボーンなボディーの持ち主の美人が最高じゃ~んと思っている自分からすれば、『熱帯性気候』のなかで観られる青山知可子という女優さんは、間違って天が二物を与えちゃった?と錯覚できるような、そんな印象の女優さんでした。
(wikiの中では、この写真集のことを“もっとも実用的な写真集”と評していたりして、ちょっと笑えます)

上記したように、青山さんは写真集出版後、その存在というか、そのボディーの凄さが広く認められ、Vシネマやちょっとしたテレビドラマ、果ては香港映画からも出演し依頼が来るようになりました。
ですから、注意して追っかけていけばあの天が二物を与えたと錯覚させるようなボディーを拝むことは出来るんですが、あまりVシネマなどに興味がない自分とすれば、写真集でしか青山さんとの接点がありません。
いいかえれば、写真集のみの女優さんという印象が自分とすれば拭えないのですが、その写真集のほうの活動ですが、第二、第三の写真集は………出版されませんでした。
噂で聞くその後の青山さんの活動からすれば、ヌードになることをめちゃめちゃイヤがっていたようには思われないのですが、まあ、結果からすれな写真集のほうの活動はあれ一冊きり。
想像するに、女優として上を目指したというのもあるんでしょうが、どちらかいえば、あまりの反響の大きさに、写真集を出版し続けることに対しなにがしかの恐怖のようなモノを感じたのでは?と個人的に想像していたりするのですが……

C_aoyama_3 その後、たま~にですがテレビでその青山さんのお顔を拝見することがあり、あ、元気にやってるんだなと思ったりしますが、まあ、しつこいようですがあの写真集ですネ。
自分にとっては『熱帯性気候』という写真集で多大な、ハリケーンクラスの衝撃と破壊力を持って目の前に出現しつつも、あっという間に、それこそ一陣の風のようにまたどこかへ去っていったという印象だけが残っていて、この写真集のことを思い出すと、エロさだけではなく、爽やかさを多分に含んだダイナミックな、それこそ観た瞬間になんじゃこりゃ?と声を上げそうになる、そんな清楚&ダイナミックなインパクトに、またいつか遭遇してみたいなと思いますね、ハイ。
では合掌(……って、青山さん死んでないか。失礼)

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by 真堂 晃(Akira SHINDO)

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2008年9月19日 (金)

武田久美子

K_takeda_02_2 80年代にビデオが一般家庭に普及していきましたが、インターネットの普及は90年代の後半。
動く映像というものは、まだまだテレビや映画に頼っているという状態でした。ですから、写真集なんていうものにも、そこそこお世話になったような気がしますネ。

個人的には音楽にお金を費やすことが多かったので、あまり写真集には熱を上げたことがありませんが、そんななか、おっ、コレは!っと思った女性がいます。
そう、左の写真の武田久美子さんでしたネ。

武田久美子といえば、写真にあるように貝殻をあしらったビキニ写真集を出版し、世間の耳目を集めまくったタレントさん。
それ以前の肩書きといえば、東大生が選んだアイドルという、イマイチ訳のわからない肩書きをもって芸能界にデビューし、その後、当時人気絶頂だったタノキントリオのひとり、近藤正彦の相手役として映画『ハイティーンブギ』に出演した程度のキャリアしかなかったように思います。

K_takeda_04 個人的にも、東大生が選んだ?だからどうした?という程度でしたし、『ハイティーンブギ』?少女マンガの映画化じゃないかと、まったく意に介していませんでした。
ただ、武田さんのルックス、ちょっと日本人離れした目鼻立ちや輪郭には惹かれるところがあり、タレント性はともかく、外見的にはそこそこ気に入ってたんですが、しかし、熱心なファンというわけではありませんでしたネ。

そんななか、大人の女性(20代)になった武田さんはグラビアタレントとして再生を果たすのですが……まあ、あの写真集はインパクトがありましたね~。
いま振り返ってみると、ああ、こういうアイデアで写真集を撮ったのね、ま、イイんじゃない?という感想を持ったりするのかもしれませんが、当時はかなりずば抜けたアイデアであり、見る者に与えるインパクトは相当なものだったと思います。

ということで、まだまだ金回りのよくなかった当時の自分ですが、やりくりしてあの貝殻ビキニの写真集を購入してしましました(笑)。

K_takeda_03 写真集というか、武田さんのヌードを観た感想ですが、貝殻写真集の表紙と同じように、けっこう印象的でしたネ。
アイドルで売ってきた女性にしてはけっこう胸がある方でしたし、その元アイドルには相応しくない巨きさのバストの先端、そう、乳首&乳輪がこれまた元アイドルに相応しくないような、褐色がかった巨きめの乳輪とかだったりしたので、スゴイなコレは……とビックリしたものでしたネ。

そういえば、写真集連発で人気絶頂だったころ、武田さんはサッポロビールのキャンペーンガールに抜擢されていたりします。そう、ビール会社のキャンペーンガールといえば例のアレ、楽園を絵に書いたようなキレイなビーチで、ビールジョッキ持って笑顔でこちらを立っているという、あのポスターのモデルになったことがありました。
で、どこでどう入手したかもう記憶にありまませんが、武田さんがモデルの、ビールジョッキを持ってビーチでニッコリのあのポスターが自宅に何枚もあったので、ま、これだけ何枚も家にあるんだし、こういういかにも夏っていうイメージの写真やカレンダーは自分の好みだから、一枚ぐらい壁に貼っておくかと思い、その後、2、3年壁に貼りっぱなしだったんですが………あのポスター、いまどこ行っちゃったんだろう?

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by 真堂 晃(Akira SHINDO)

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